陸軍桟橋リクグンサンバシ

Rikugun Sambashi
走水・観音崎・大津・浦賀
西浦賀の渡船場から川間方面に少し歩くと、通称「陸軍桟橋」と呼ばれるL字型の桟橋があります。太平洋戦争終了後、南方や中国大陸からの引き揚げ者約56万人が、懐かしい日本の地に第一歩を印したところです。
浦賀港の引き揚げの歴史を後世に伝えようと平成18年(2006)10月に記念碑が設置されました。
周辺はボードウォークが整備され、浦賀港を隔てて東叶神社を望む東屋もあり、一休みすることができます。

information

基本情報
アクセス
京急浦賀駅からバス「久里浜駅行」(約5分)「紺屋町」バス停下車、徒歩3分
駐車場
なし
公式サイト
お問い合わせ
046-822-4022(管理事務所)

barrier free

バリアフリー対応
エレベーター ×
エスカレーター ×
入り口段差解消のための措置(スロープを含む) ×
車いす対応トイレ ×
オストメイト対応トイレ ×
車いす貸し出し ×
子供用オムツ替えシート ×
ユニバーサルシート
(大人用オムツ替えシート)
×
障害者等用の駐車場 ×
誘導用ブロック ×

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アクセス

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スポットについて
歴史・文化

「浦賀港引揚記念の碑」の全文掲載

 昭和20年(1945年)8月15日、太平洋戦争は終結。ポツダム宣言により海外の軍人、軍属及び一般邦人は日本に送還された。ここ浦賀港も引揚指定港として、中部太平洋や南方諸地域、中国大陸などから56万余人を受け入れた。
引揚者は敗戦の失意のもと疲労困憊の極限にあり、栄養失調や疫病で倒れる者が続出した。ことに翌21年、華南方面からの引揚船内でコレラが発生。以後、続々と感染者を乗せた船が入港。このため、旧海軍対潜学校(久里浜長瀬)に設けられた浦賀検疫所に直接上陸、有史以来かつてない大防疫が実施さ れた。この間、祖国を目前にして多くの人々が船内や病院で亡くなる悲劇があった。昭和22年(1947)5月浦賀引揚援護局の閉鎖で、この地の引揚業務も幕を閉じる。
私たちは再び繰り返してはならない戦争による悲惨な引揚の体験を後世に伝え、犠牲となられた方々の鎮魂と恒久の平和を祈念し、市制百周年にあたりここに記念碑を建立する。

横須賀市