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マスクの着用や手洗いの徹底など、「新しい生活様式」に基づく感染の予防を意識した行動をお願いします。
観音埼灯台の画像

観音埼灯台

(カンノンザキトウダイ)
日本最初の洋式灯台としてフランス人技師F.L.ヴェルニーにより建設されたもので、明治元年(1868年)9月に起工、翌年1月1日に点灯しました。
初代は横須賀製鉄所で作られたレンガを使用した洋館建ての灯台でしたが大正11年4月の地震で壊れ、翌12年3月に二代目が再建されましたが、同年9月の関東大震災で再度倒壊、現在は三代目で大正14年6月に再建(コンクリート造)されております。

INFORMATION基本情報

住所
横須賀市鴨居4丁目1187
アクセス
京急浦賀駅からバス「観音崎行」(約15分)終点下車、徒歩10分
JR横須賀駅からバス「観音崎行」(約35分)終点下車、徒歩10分
(車) 横浜横須賀道路馬堀海岸ICから3km(約5分)
料金
料参観寄付金大人300円、保護者同伴の小学生以下無料
営業時間
3月~9月:土日祝・GW・8月10日~19日 8:30~17:00
      平日 9:00~16:30
10月~2月:土日祝・12月29日~1月3日 8:30~16:00
        平日 9:00~16:00
定休日
不定休(荒天、工事など)

《参観業務休止のお知らせ》
観音埼灯台では、灯台改修工事のため、令和2年10月19日(月)から同10月30日(金)までの間、灯台参観(見学)業務を休止します。
ご了承ください。
駐車場
公園周辺に県営駐車場4カ所(全279台)有り
時間:8:00~17:00(7、8月のみ8:00~18:00)※第一駐車場のみ5:00~19:00
料金:1月1日~1月3日/4月27日~5月12日/7月1日~8月31日/11月3日:普通車880円
上記以外の土日祝は普通車550円、上記以外のウィークデーは無料
公式サイト
http://www.tokokai.org/archive/data/kannon.html
お問合わせ
046-841-0311(公益社団法人燈光会 観音埼支所)

BARRIER FREEバリアフリー対応

エレベーター ×
エスカレーター ×
入り口段差解消のための措置(スロープを含む) ×
車いす対応トイレ ×
オストメイト対応トイレ ×
車いす貸し出し ×
子供用オムツ替えシート ×
ユニバーサルシート
(大人用オムツ替えシート)
×
障害者等用の駐車場 ×
誘導用ブロック ×
その他の情報
石畳の方からは門の中まで入れます。
展示室は2段段差があり、灯台は階段です。

ABOUTスポットについて

歴史・文化
観音崎灯台 今むかし

慶応2年(1866)に江戸幕府は、アメリカ・イギリス・フランス・オランダの4カ国と結んだ江戸条約で、船舶航行の安全のために灯台を建てる約束をしました。そして幕府は横須賀製鉄所を建設するため来日していた、フランス人技師(首長)フランソワ・レオンス・ヴェルニーに灯台の建設を依頼しました。ヴェルニーは製鉄所建設課長のルイ・フェリックス・フロランにその仕事をさせました。
この依頼は幕府から明治政府に引き継がれ、観音埼灯台は日本最初の洋式灯台として、明治元年9月17日(新暦1868年11月1日)に起工、同年12月29日(新暦1869年2月10日)に竣工、明治2年1月1日(新暦1869年2月11日)に初めて点灯しました。
この灯台の起工日の11月1日はのちに「灯台記念日」となりました。
灯台の建築に使用されたれんがは、横須賀製鉄所で作られたもので「ヨコスカ製鉄(銕)所」の刻印が押されています。大正11年(1922)4月 26日の地震で大きな亀裂ができたので、大正12年(1923)3月15日に2代目を再建しましたが、同年9月1日の関東大震災で崩れ落ちてしまいました。その後、大正14年(1925)6月1日に再建され、現在は3代目になります。海岸には2代目の灯台の残骸らしき物があります。

市制施行七十周年期記念  横須賀風物百選 「観音崎燈台」

明治維新を二年後にひかえた慶応二年(1866)五月、幕府は、イギリス、フランス、アメリカ、オランダとの間に改税約定を結びました。その第十一条に、燈明台を備えなければならないことがうたってあります。また、各国が提出した燈明台箇所書には、相模国三浦郡三崎及び観音崎が示されてありました。
幕府が倒れ、明治元年(1868)となりましたが、八月三十日に燈台の建設が始められました。横須賀製鉄所首長であったフランス人技師、フランソワ・レオン・ウェルニーが建設を担当することになりました。横須賀製鉄所で作ったレンガと石灰を使い四角形白塗装の建物とフランス製レンズを備えた灯台が、十二月二十九日に完成しました。そして、翌明治二年一月一日に我が国最初の洋式燈台が光を発しました。
大正十二年(1923)六月二十六日に光源として白熱電燈が用いられるまでは、菜種や落花生の油、パラフィン、石油などが燃料に用いられてきました。
その初代燈台は、大正十一年(1922)四月二十六日の地震により大亀裂を生じました。翌年三月五日に二代目の燈台が改築されましたが、五か月を経た九月一日の関東大震災で崩壊してしまいました。現在の燈台は、大正十四年六月一日に完成した三代目のものです。
構内の左手に並ぶ句碑が、灯台守の厳しい生活と出船に対する情愛の深さを味わわせてくれます。

  霧いかに深くとも嵐強くとも
                     高浜虚子

  汽笛吹けば霧笛答ふる別れかな
                     初代海上保安庁長官 大久保武雄

※1977年、横須賀市制70周年記念事業として「横須賀風物百選」を選出した際に作られた説明板の全文です
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