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十三峠

(ジュウサントウゲ)
享保5年(1720)に江戸に出入りする船改めや江戸湾防備のため浦賀に奉行所がおかれ、江戸と浦賀間の往来が盛んになったことから、保土ヶ谷、戸塚から三浦半島の浦賀に至る東西の2本の道が作られました。保土ヶ谷からのルートは「東の浦賀みち」と呼ばれ東京湾沿いの経路で浦賀に至っていました。
ここ十三峠は東の浦賀みちを往来する旅人や村人たちにとって非常につらい山道で、浦賀みち最大の難所であったと言われています。十三峠の名の由来には、保土ヶ谷より13番目の峠ということで名付けられたという説や、峠に祀られた十三仏にちなむという説などがあります。
ここからの眺望はすばらしく、江戸時代後期の浮世絵師 歌川広重は、昼なお暗い難所の山道を越えて十三峠の山頂に立ち、眼下に繰り広げられた風光明媚な眺望に目を奪われ「広重武相名所旅絵日記」にも描いたと言われています。

INFORMATION基本情報

駐車場
なし

ABOUTスポットについて

歴史・文化

十三峠

長善寺わきの大田坂をあがり、尾根道を右にとり安針塚へと向う道がつづくこのあたりを、十三峠という。
この旧浦賀道も現在では自動車も通る舗装された道に変わっているが、昔はけわしいところで、登り下りする旅人や村人たちにとって非常につらい山道であった。
このあたりを半ケ広(半ケ城、坂ケ拾)というが、文化9年(1812)に出された三浦古尋録(こじんろく)のはじめにも、「陸路ハ難所ニテ七里八坂ト云是坂ケ拾(はんかひろい)通リト云風波悪キ時ハ此山路ヲ往来ス」とある。
ここから遠く横浜ランドマークタワーや長浦湾、千葉の臨海工業地帯の工場群が眺望できる。
十三峠の名の由来には、いろいろな説がある。保土ヶ谷より13番目の峠ということで名づけられたという説や、峠に十三仏をまつった寺か神社があってそれにちなんだもの、あるいは十三塚の信仰にまつわる説などがある。

※田浦地域文化振興懇話会発行の冊子「田浦をあるく」(平成17年)から

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