日本の近代化を支えた四軍港都市(横須賀・呉・佐世保・舞鶴)の日本遺産は、百年を超えて今もなお現役で駆動する施設も多く、横須賀だけで17件の認定登録施設等があります。
 その内の代表格である「記念艦 三笠」と「米海軍横須賀基地ドライドック1号~3号」のペーパークラフトをWEB上で公開させていただくことになりました。
 普段は気軽に見ることができない米海軍基地内にあるドライドックも、ペーパークラフトを組み立てていただくことでその仕組みと造形を体感することができます。
 ペーパークラフトで体感した後は、機会を見つけてぜひ実際に横須賀に来て、実物を体験してください。


世界三大記念艦「三笠」ペーパークラフト(子供用)
日本遺産に認定された、世界三大記念艦「三笠」の当時の姿を再現したペーパークラフトです!

展開図のプリントには、A4サイズのペーパークラフト専用紙(紙厚0.2~0.25㎜程度)を推奨します。
ペーパークラフト専用紙は、家電量販店やネット通販等でご購入いただけます。

※当サイトにおけるペーパークラフトの著作権は横須賀集客促進実行委員会に帰属します。
営利、非営利、イントラネットを問わず、当サイトのペーパークラフトを許可なく複製、転用、販売など二次利用する事を禁じます。


   作り方マニュアルPDF

米海軍横須賀基地ドライドック1号~3号(子供用)
米海軍横須賀基地ペーパークラフト
旧横須賀製鉄所・造船所・海軍工廠である、米海軍横須賀基地ドライドック!現在の姿を再現しました!

展開図のプリントには、A4サイズのペーパークラフト専用紙(紙厚0.2~0.25㎜程度)を推奨します。
ペーパークラフト専用紙は、家電量販店やネット通販等でご購入いただけます。

※当サイトにおけるペーパークラフトの著作権は横須賀集客促進実行委員会に帰属します。
営利、非営利、イントラネットを問わず、当サイトのペーパークラフトを許可なく複製、転用、販売など二次利用する事を禁じます。


   作り方マニュアルPDF

ペーパークラフト製作協力
紙模型工房 久嶋 正裕 氏
http://papermodel.jp/


世界三大記念艦「三笠」
第1回よこすか京急沿線ウォーク「鷹取山ウォーク」
三笠保存会よりコメント
 記念艦「三笠」は、100年以上前に建造された戦艦「三笠」を活用した、体感型歴史ミュージアムです。
 戦艦「三笠」は、日露戦争において東郷連合艦隊司令長官が乗艦指揮する旗艦となりました。明治38年5月27日の日本海海戦では連合艦隊の先頭に立ち歴史的な大勝利を得て日露戦争に勝利し、日本は独立を維持するとともに近代国家の仲間入りをすることが出来ました。大正15年に、この栄光の歴史を持つ戦艦「三笠」を記念艦として保存することとなり現在の地に固定され、日本人の誇りの象徴として親しまれています。
 このように明治時代の近代化を体感できる文化財として日本遺産に認定されました。
三笠見学のポイント
 記念艦「三笠」は世界最古の鋼鉄の戦艦を復元・活用していることから、20世紀初頭の造船技術の粋が残され、最大35㎝の装甲板やリベットにも触れることが出来、艦内では長官公室、士官室やハンモックなど当時の生活を体感することもできます。
 展示品では、「三笠艦橋の図」等戦いの状況を記録した絵画や、東郷連合艦隊司令長官の書や所持品等のほか日露戦争当時の世界情勢など戦争の背景と経緯についても掲示しております。
 また、戦艦「三笠」をコンピューターグラフィックスにより復元しており船体構造の細部を確認したり、VRやシミュレーターにより日本海海戦を追体験することができます。

学芸員よりコメント
 明治35(1902)年にイギリスで建造され、日露戦争時には日本海軍を代表する旗艦として使われた艦船です。
 この当時の軍艦が保存されている例は世界的にも珍しく、「世界三大記念艦」と称されています。
 また、当時の我が国では、鉄を使った大規模な構造物は少なく、構造物の技術史上でも大変に貴重な存在です。
 この「三笠」はイギリス製ですが、旧日本海軍では外国に艦船を注文する際、現地に日本人技術者も派遣し、船とともにその建造技術を我が国にもたらしてきました。その結果、日露戦争が終結したころには、横須賀海軍でも世界の先端を行く艦船の建造が行われるようになりました。そのため、「三笠」の歴史的価値は多方面に及ぶと考えられます。「三笠」は建造から100年以上を経った今日でも、皆様からの価値の発見を待ち続けている存在なのかも知れません。

横須賀市自然・人文博物館
主査・学芸員、博士(工学)

菊地 勝広

旧横須賀製鉄所第1号ドライドック、旧横須賀造船所第2号ドライドック、旧横須賀造船所第3号ドライドック
第1回よこすか京急沿線ウォーク「鷹取山ウォーク」
学芸員よりコメント
 横須賀製鉄所と後の横須賀造船所、横須賀海軍工廠では、合計6基のドライドックが建造されました。このうち、画像でご紹介するのは、江戸時代末期から明治10年代までに建造された3基の石造ドライドックです。
 各ドックには、それぞれに特徴を持った歴史的魅力が存在します。
 1号ドックは、慶応年間に着工し明治4(1871)年に竣工した日本最古の石造ドライドックです。
 建設に関わったフランス人と江戸幕府の役人は、耐震を目的とした設計変更を行いながら建設を進めました。1から3号ドックの敷地には、かつて高い山をもつ半島があり、ドライドックはこの半島の山を切り崩して、更に岩盤を掘り込んで建設されました。そのため、地盤が安定しており、現在でも現役で使用されています。
 1号ドックに次いで、明治7(1874年)には現在の3号ドック、明治17(1884)年には現在の2号ドックが完成した。この2号ドックの建設には、フランス人に加えて、横須賀造船所付属の横須賀黌舎(こうしゃ)で技術を学んだ日本人技術者の恒川柳作が加わり、ドック建設の技術を我が物としていきました。以後の恒川の活躍は目ざましく、旧横浜船渠株式会社第二号船渠(国指定重要文化財、横浜ドックヤードガーデン)、石川島造船所川間分工場船渠など、全国でドライドック建設を手掛けました。2番目に建設された3号ドックでは、輸入セメントが使用され、横須賀造船所の日本人技術者は、セメントの国産化を決意してその実現に貢献しました。
 これら3つの石造ドライドックについては、建設時の図面や資料が伝来しています。この資料は、「石井頴一郎氏寄贈近代造船所建築図面資料」(横須賀市指定重要文化財、横須賀市自然・人文博物館蔵)というコレクションに含まれ、これらもドライドック本体と併せて日本遺産の構成文化財となっています。

横須賀市自然・人文博物館
主査・学芸員、博士(工学)

菊地 勝広 


横須賀集客促進実行委員会
Supported by 横須賀市 横須賀商工会議所 京浜急行電鉄(株) 事務局:横須賀市経済部観光企画課
TEL:046-822-8124 FAX:046-823-0164