ヴェルニー公園の画像

ヴェルニー公園

(ヴェルニーコウエン)
かつては臨海公園の名で親しまれてきましたが、公園の対岸にフランス人技師ヴェルニーが建設に貢献した横須賀製鉄所跡地が望めることや、ヴェルニー・小栗祭が本地で毎年開催されることなどから、フランス庭園様式を取り入れた公園として整備を行い、平成13年度末に完成しました。
園内には、ヴェルニーと当時の勘定奉行小栗上野介忠順の胸像や、広場を中心にフランス式花壇や噴水、洋風あずまやなどが設けられ、フランスの品種を中心とした130品種・約1,400株のバラが彩りを添えています。
海沿いにはボードウォークがあり、潮風の中で散歩を楽しめます。
横須賀本港を一望でき、係留されている艦船を見ることができます。公園から見て、右手に米海軍基地、左手に海上自衛隊地方総監部が望めます。
園内にあるカフェレストラン・コルセールでは、横須賀名物のネイビーバーガーも食べられます。

INFORMATION基本情報

住所
〒238-0042
横須賀市汐入町1-1
アクセス
京急汐入駅徒歩5分
JR横須賀駅下車徒歩1分
料金
無料
営業時間
無し
駐車場
■ヴェルニー公園駐車場
台数:大型車6台、普通車6台
時間:8:30~17:30
料金:大型2,060円(1回)、普通410円(最初の1時間)・以降30分毎210円加算
■近隣の大規模有料駐車場
・ショッパーズプラザ横須賀パーキングサービス
・ベイスクエア・パーキング
公式サイト
http://www.kanagawaparks.com/verny-mikasa/
お問合わせ
046-824-6291(横須賀 三笠・西武パートナーズ)

ABOUTスポットについて

散策

JR横須賀駅
1889年横須賀線開通に伴い開業し、軍港への物資や人員輸送のための重要な駅でした。 1940年に改築された現在の駅舎は、改築前の姿を比較的残し、古典的風格を備えています。
わが国では数少ない階段のない駅としても知られています。

旧横須賀軍港逸見門の衛兵詰所
八角形の衛兵ボックスが左右2棟あり、左側は「逸見上陸場」、右側は「軍港逸見門」との文字が見えます。
高さは約4m、屋根は銅板ぶきドーム型。本体は鉄筋コンクリート造りで、外壁はタイル張りです。

ヴェルニー記念館
横須賀製鉄所をつくりあげたフランス人技師ヴェルニーの功績と、横須賀製鉄所の意義を後世に伝えるために建てらた施設です。館内には、国の重要文化財に指定されている国内現存最古のスチームハンマー2基が展示されています。

ヴェルニーと小栗上野介の胸像
横須賀製鉄所の建設に尽力した、フランス人技師ヴェルニーと小栗上野介の胸像です。

1号ドライドック
1871年にヴェルニーの設計により完成した日本最古のドライドックです。ヴェルニー公園からドックのゲートを対岸の米軍基地内に遠望できます。(写真は基地内で撮影したものです)

歴史・文化

横須賀港は、港町横須賀の発展を見守り続けてきた港です。
幕末になると、江戸の近海に外国船がしばしば現れるようになりました。
外国に対抗するために、強大な海軍が必要と考えた勘定奉行小栗上野介忠順(おぐり・こうずけのすけ・ただまさ)たちは、幕府の重臣たちを説きふせ横須賀製鉄所を設立します。
明治維新によって、製鉄所の一切は明治政府に引き継がれましたが、工事は引き続き進められ、ドックや船台なども次々に完成していきました。
その後、横須賀製鉄所は、横須賀造船所、海軍造船所、横須賀海軍工廠と名称を変え発展を続け、戦艦「陸奥」や巨大空母「信濃」をはじめ、多くの艦船を作り続けました。
昭和20(1945)年以降は米海軍の基地となり、今日に至っています。

横須賀港(横須賀製鉄所跡)(よこすかこう(よこすかせいてつしょあと))

嘉永6年(1853)、浦賀沖にアメリカのペリー艦隊が現れてからは、幕府・諸大名も強力な海軍の必要を感じ、軍艦や船舶の建造や購入に力を入れてきました。それに伴って軍艦修理や機具製造の必要が生じ、横須賀製鉄所の建設が計画されたのです。
この製鉄所の建設を進めたのが、幕府の勘定奉行・小栗上野介忠順(おぐりこうずけのすけただまさ)らでした。彼らは、フランス公使レオン・ロッシュとともに、幕府の重臣たちを説き伏せ、日本の将来のため強い意志でこの事業の実現を図りました。幕府は元治元年(1864)に、この建設をロッシュに依頼し、ロッシュはフランソワ・レオンス・ヴェルニー(フランス海軍大技士)を招くことになりました。同年、ロッシュたちが横須賀を見学した結果、湾の形に変化があって要害の地であり、風波の心配もなく湾内も広くて深い、また、景色も優れ、フランスのツーロン港に似ているなどの理由から、横須賀を製鉄所の建設地に選んだとされています。 製鉄所の敷地は約24万6千平方メートルで、慶応元年9月27日(新暦1865年11月15日)に関係者が出席して鍬入(くわい)れ式が行われました。
明治維新によって、製鉄所は明治政府に引き継がれましたが、工事は引き続き進められ、横須賀造船所と名前を変えて後の明治8年(1875)ころから本格的な軍艦を建造するようになりました。その後も、海軍造船所、横須賀海軍工廠と名称を変え、戦艦「陸奥」空母「信濃」をはじめ、数々の軍艦を建造しました。
※画像(上)は、昭和5年軍艦高雄の進水式
ヴェルニーの指揮により明治4年(1871)に完成した日本最古のドライドックは、100年以上を経た今も使われています。
昭和20年(1945)以降は米海軍の基地となり、普段は入ることができませんが、対岸のヴェルニー公園から眺めることができます。
※画像(下)は、ヴェルニー設計の日本最古のドライドック(米軍基地内)
また、米海軍基地内は、年に数回開催される基地開放日や日米親善ベース歴史ツアー」などで見学することができます。

市制施行七十周年期記念  横須賀風物百選 「横須賀港と臨海公園」

江戸末期の地誌、三浦古尋録や新編相模風土記によると、横須賀村は、坂本・塩入・横須賀・楠ヶ浦・塔ヶ谷・堂ヶ塚・長峯・泊りの字から成る二百余戸の小漁村でした。
開国を迫る外国艦船、尊皇攘夷に揺れ動く国内情勢の中で、当時の勘定奉行 小栗上野介忠順(おぐりこうづけのすけただまさ)は、製鉄所(造船所)建設の緊要性を幕府に建議しました。
元治元年(1846)十一月、小栗上野介はフランス公使レオン・ロッシュらと軍艦順動号で、その候補地長浦湾と横須賀湾を視察しました。その結果、横須賀湾がフランスの軍港ツーロン港に似ていることや水深が深いことなどにより、この地を製鉄所の設立地と定めました。
慶応元年(1865)九月二十七日(太陽暦十一月十五日)、フランスの造船技師レオン・ウェルニーら多数のフランス人技術者を得て横須賀製鉄所の鍬入れ式が行われました。この事業は、江戸幕府から明治政府に引き継がれ、明治元年五月に修船台が竣工しました。
横須賀海軍工廠や軍港の発端です。明治から昭和へと軍事色が強まるにつれて、この公園を含めた港の施設は軍事機密保護のため、二メートル余のコンクリートべいで囲まれました。
この臨海公園は、もと塩入の小字「水ヶ浦」、さらには「港町」とも呼ばれた海岸でしたが、何回かにわたって埋め立てられ、明治二十九年、海軍軍需部が建設された場所です。戦後、市民の公園として開放されました。
昭和二十八年五月、本市発展の基礎を確立した恩人 小栗上野介忠順とフランス人技師レオン・ウェルニーの胸像が建てられました。これら二人の遺徳をしのび、毎年十一月十五日にこの胸像の前で横須賀製鉄所開設記念式典が行われます。

※1977年、横須賀市制70周年記念事業として「横須賀風物百選」を選出した際に作られた説明板の全文です
※文中の「臨海公園」は、フランス式庭園として整備され、平成14年に「ヴェルニー公園」として新たな姿に生まれ変わっています。

食べる

カフェレストラン・コルセール 2017年1月1日より営業休止
TEL:046-827-1819 専用駐車場(4台分)有り。
※コルセールは、南仏ブルターニュ地方のブレスト市(横須賀市の姉妹都市です)の、明るく、活気ある港町をイメージしたカフェレストランです。

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