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走水神社

(ハシリミズジンジャ)
村民が日本武尊より賜った「冠」を石櫃(いしびつ)に納め、その上に社殿を建て日本武尊を祀ったことが走水神社の始まりだと伝えられています。
弟橘媛が海に身を投げた際に詠んだ歌は、明治43年(1910)に歌碑として走水神社の境内に建碑され、除幕式には東郷平八郎、乃木希典も列席しています。

INFORMATION基本情報

住所
〒239-0811
横須賀市走水2-12-5
アクセス
京急馬堀海岸駅からバス「観音崎行」(約8分)
JR横須賀駅からバス「観音崎行」(約20分)
いずれも、「走水神社」バス停下車すぐ。
お問合わせ
046-841-0179(西叶神社が管理)

ABOUTスポットについて

歴史・文化
市制施行七十周年記念 横須賀風物百選 「走水神社」

走水の地名は、すでに古事記(712年)や日本書紀(720年)の中に表れています。大和朝廷時代には、上総(千葉県)を経て東北地方に渡る最も便利な道として、この地方に古東海道が通じておりました。
走水神社の祭神は、日本武尊(やまとたけるのみこと)とその后弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)の二柱です。神社の創建された年代については、享保年間の火災で、神社の記録や社宝が焼失してしまったのでわかりません。
伝説では、景行天皇の即位四十年(110)、東夷征討の命を受けた日本武尊が、この走水から上総へ渡られるにあたり、村民に「冠」を賜りましたので、冠を石櫃(いしびつ)に納めて、その上に社殿を建て、尊を祭ったことに始まると伝えています。日本武尊が渡海の際、海上が荒れ、いまにも舟が沈みそうになりました。海神の怒りであると考えられた弟橘媛命は、
  さねさしさがむのをぬにもゆるひの
        ほなかにたちてとひしきみはも
の歌を残し、尊に代わって海に身を投じ、風波を鎮めました。弟橘媛命は、もと旗山崎に橘神社として祭られていましたが、その地が軍用地に買収されたため、明治四十二年、この神社に祭られました。
明治四十三年六月、弟橘媛命の歌碑が、東郷平八郎、乃木希典(のぎまれすけ)など七名士により、社殿の裏手に建てられました。
社殿の階段下の右側にある「舵の碑」は、弟橘媛命の崇高な行いにあやかり、航海の安全を願って国際婦人年(昭和五十年)を機に、また、左側にある「包丁塚(ほうちょうづか)」は、走水の住人大伴黒主(おおとものくろぬし)が日本武尊に料理を献じて喜ばれたとの古事により、包丁への感謝と鳥獣魚介類の霊を慰めるため、昭和四十八年に建てられたものです。

※1977年、横須賀市制70周年記念事業として「横須賀風物百選」を選出した際に作られた説明板の全文です
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